眼力太郎/Ganriki Taro
さまざまな物品を目に吊り下げる目出男
概要
眼力太郎は天保12年(1841年)の夏から、両国広小路で活動していた見世物芸人。天保元年に活動していた目出小僧の花山成勧よりもさらに風変わりの目の持ち主で、押し出した目玉の上にさまざまな物品を糸で吊り下げてみせたという。
本名は長次郎といい、もともとは羽州新庄領二間村出身で百姓の林助の孫で、長八の息子である。両親が亡くなると、天保8年7月に羽州河辺郡浪立村百姓の佐助が長次郎を祖父の林助から貰い受けたという。6〜7年前からどうしたものか、両目を自由自在に押し出することができたので、見世物にちょうどよいということで、江戸へ移ってきたとされている。
平時は普通の人の目と何ら変わらないが、いざ演芸をしようと目を力むと、目玉がたちまちにカニの目のように飛び出した。
飛び出した目の長さは一寸ほどで、目玉の上に小石を糸でくくりつけて吊り下げてみせ、次に右の目玉に三組盃、左の目玉にチロリ、それらを糸でくくりつけて吊り下げてみせた。さらに、重箱や徳利なども糸で吊り下げ、最後に下座の楽器にあわせて、両目玉を自由自在に出し入れしていた。
このような奇怪きわまる演芸は見たことがないので、当時、諸侯や旗本邸などからしばしば呼び出されたこともあったという。
■参考文献・画像引用
・朝倉無声『見世物研究』
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