2019-2020年香港抗議デモの戦術
Tactics and methods surrounding the 2019–20 Hong Kong protests
2019-2020年香港抗議デモ中に抗議者たちが使用した戦術と方法の解説です。
基本的な抗議デモ戦術
リーダー不在とインターネット
2014年香港抗議デモ(雨傘運動)と異なり、2019-2020年の民主主義運動では、デモ参加者たちは意識的に「分散的な方法」で活動を展開している。
グループの1つ、民間人權陣線(CHRF)は、社会運動を組織した長い歴史があり、6月9日と16日の2つの大規模な抗議デモの主催者だった。香港眾志(デモシスト)のリーダーの黃之鋒は、サポーターたちに抗議デモに参加するよう呼びかけた。
しかしながら、雨傘運動と異なり各グループはいずれも運動に対してリーダーシップを主張しておらず、おもに補助的な役割のみ担っていた。これは、集権性を排除して分散性を持つことで、デモ抗議者の流動性が高まり、当局が交渉や起訴の代表者を探し当てるのが困難になるからである。
7月1日、デモ参加者が立法評議会を占拠した際、黃は「立法評議会が国民の声を全く表していないことを示す」ために行動したと述べ、また、立法評議会が民主的に選出された場合は集会や抗議はなかっただろうと述べた。
しかし、占拠で明らかになったように、デモ参加者のなかには分散化が緻密な計画なくただ抗議をエスカレートするだけと疑問を抱くものもいた。
香港中文大学のフランシス・リー教授は、この新しいタイプの分散化された指導者のいない運動を「オープンソース」抗議モデルと名付けた。デジタル時代の民主活動家たちがインターネット経由による参加型プロセスを通じて、さまざまな戦術を選択し、平等な方法で自由に多くの意見を出しあうことで、誰もが協力することができるという。
Telegramアプリのチャットグループや集団的決定を行う投票機能を備えた掲示板の連登(LIHKG)は、このタイプの活動の円滑な連絡を容易にする役割を果たした。
柔軟で多様な戦術
・be water
デモ参加者たちは、ブルース・リーの哲学「formless [and] shapeless, like water(水のような形のないはっきりしないものに)」を「be water(水になれ)」に改変して抗議者たちの間の共通モットーにした。
6月21日のデモでは、機敏な方法でさまざまな政府機関を移動することにより、政府に強い圧力をかけた。警察が向かってくるとデモ参加者たちは撤退するが、後日、同じ地区に再び現れたり、短時間で他の場所に移動して活動を再開した。
このメタファーは状況に応じて変化する。たとえば、警察と対峙しているときは「氷のように強くなれ」という意味まで拡大解釈され、また、抗議者たちが即興的に「フラッシュモブ」抗議を組織化したときは「霧のように集まれ」となり、警察による一斉攻撃が始まる前には退路を確保するため「霧のように散る」という言葉が使われた。
・遍地開花
他にデモ参加者たちの戦略として地理的分散がある。2014年の香港の抗議運動は3箇所に集中していたが、2019年の抗議運動では、香港警察とデモ隊との衝突は、香港島、九龍、新界など20以上の異なる地域に分散して行われた。
また、10月からMTR地下鉄の政治的問題の結果、フラッシュモブ戦略がより一般的になっていった。デモ参加者の小さなフラッシュモブが自宅近郊の地域で行われた。これは「遍地開花」(至る所での開花)と銘打った戦略ともいわれ、少数グループに分かれ市内の各地に分散することで、最大限の混乱を引き起こす効果があり、さらに警察の勢力を分散して弱める狙いがあった。
・不割蓆
「不割蓆」(分裂しない)の原則は、意見の異なる幅広い政治的派閥全体を分裂させないようにするものである。多様な戦術を抱きかかえることで、デモ参加者は自分と異なる意見の派閥を尊重しつつ、自分に合った抗議デモ活動に参加した。これは、内部分裂して失敗した2014年の雨傘運動の失敗を教訓として採用された戦術である。
香港の政治評論家ルイス・ラウは、「「分裂しない」は、抗議デモ内の分裂した意見を相互尊重の促進の架け橋となっている」と述べた。内部紛争の回避は大きな目標を達成するための鍵となる。号令のように使われる一般的なフレーズは "Preserve yourself and the collective; no division."である。
ブラックブロック戦略と集団防御
街頭での抗議デモにおいて、ブラックブロック戦略は匿名性とプライバシーを強化し、デモ参加者が「be water」を遂行するのにより効果的な役割を果たした。
抗議デモ参加者の多くは黒服を着るようになり、頭にヘルメット、手にはグローブを着用するようになる。これは警察の監視に抵抗し、催涙ガスやペッパースプレーのような化学兵器から身を守るためである。その後、フェイスマスクやゴーグルも装着しはじめ、現在はガスマスク装備が一般的になっている。
また、デモ参加者はコミュニケーションの伝達や物資輸送を円滑にするため独自のハンドサインも作りだした。
抗議デモ中、グループによって異なる役割を担っていた。穏健的なデモ参加者はスローガンを詠唱し、物資を輸送し、医療従事者として活躍した。一方、過激な前線デモ参加者は建物や警察へ襲撃したり、投げつけられる催涙ガスを水で消化したり、またコーンやキッチン用品で消火活動を行った。
レーザーポインターを使用して警察の注意をそらし、監視カメラにスプレーを吹き付け、傘を広げてデモ参加者の個人情報がばれないよう顔を隠した。デモ参加者がMTRを利用して移動する際は、オクトパスカードを使わず使い捨ての乗車券を使って個人情報を隠した。
抗議がエスカレートし、警察側が高度な暴動鎮圧用武器を使用しはじめると、デモ隊はサーフボードを盾として使用するなど、その場しのぎの繕いで装備力を上げ、耐熱手袋や人工呼吸器などの保護具を着用した。なお、2014年のウクライナ革命は、香港のデモ隊のインスピレーション元として一般的に説明されている。
攻撃的行動、火炎瓶、放火活動
さまざまなメディアでは、デモ参加者の中で最も影響力のある2つの団体を解説されている。その2つとは最前線で香港警察と暴力的接触をはかる「勇武派」と、芸術的行為や物資輸送など大多数の抗議デモ参加者が所属している「和理非派」である。
香港の大学研究者による現在進行中の抗議デモに関する研究で、「参加者の大部分は和理非派と勇武派が協調して行動することが最大の効果を発揮すると理解していると」と報告している。
多くの和理非派者は、勇武派らの過激な行動に対し同意していないが分裂しないよう彼の行動を尊重することを表明している。和理非のなかには、抗議デモの際に公共交通機関が閉鎖されると、物資を送ったり、過激派が公共交通機関を利用するために送金したり、自発的に家にかくまうなどの支援をするものもいる。
「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」によれば、デモ参加者らが使う抵抗戦略は公共物の破壊行為から、レンガ、火炎瓶、腐食性液体、その他さまざまな発射物を警察へ投げつけなどの暴力行為にエスカレートしっていったという。
警察がデモ参加者に向かって来るのを防ぐため、石鹸やバッテリーを地面にばらまいた。催涙ガス缶には水で抵抗したり、警察に投げ戻した。
破壊行為の過激化
香港政府がデモ参加者の要求に対応せず、市民の不満が高まっていくと、デモ隊は中国本土と関連のある企業の店舗は落書きをしたり、抗議ポスターを貼り付けるようになった。それはスターバックスであり、元気寿司であり、吉野家だった。中国銀行や、家電メーカーの小米科技(シャオミ)も襲撃された。
10月2日には、少なくとも2つの中国銀行のATMに火が付けられたと報告されている。また、美心食品有限公司が運営する一部のスターバックスコーヒーの店舗が破壊された。
1897年に設立され、現在中国連絡事務所が管理している香港で最も古い出版社である商務印書館の店舗も破壊され、書籍が焼かれた。別の事件では、数人が中国の国旗をビクトリア港に投げ捨て、新北京議員の事務所を破壊した。
政府が市民の監視するために使うことを恐れたデモ参加者たちは、8月24日に九龍街内にある監視街灯を破壊した。
また、MTRや駅も炎上した。多数のMTRが破壊され、放火された後、香港鉄道の管理者は、10月4日の夜、すべてのMTRサービスとすべてのライトレールとMTRが運営するバス運行を停止した。MTRは8月24日の抗議デモに先立ってデモ隊による破壊標的になった。
これは、中国のメディアから圧力を受けた警察による承認のもと鉄道事業者が4つの駅を閉鎖したからである。MTRは警察官の移動手段に使われたとして非難され、また、8月31日のプリンス・エドワード駅事件で監視カメラによる映像を公開しなかったことが批判を浴びた
また、暴力はときには三合会の組員と疑わしい人物にも向けられた。荃湾にある2つの雀荘が、8月5日のゼネストでデモ隊を襲撃した加害者と関係があると非難され、雀荘のスタッフはデモ隊から抗議を受けた。
香港国際空港の事件では、デモ隊は中国政府との関係を非難した2人の本土旅行者が、デモ隊に数時間勾留され、救急隊に解放される前に暴行を受けた。
過激派デモ隊は個人を襲撃したり、新北京の店舗、銀行、カフェ、地下鉄の入口を破壊した。2019年10月6日、女優のセリーヌ・マーは、中国銀行のATMを破壊しているデモ隊グループを撮影して、暴力を受けたと話している。
Actress 马蹄露 was attacked and spray painted because she was taking photos of rioters who were smashing ATMs. The price you pay to defend freedom in HK these days pic.twitter.com/jSVs8tDcZh
— LFC (@goldencaskcap) October 6, 2019
その他の抗議デモ戦術
黄色経済圏とボイコット
デモを支持するレストランなどの利用をよびかける「黄色経済網」運動が広がっている。中国の経済的な締め付けに対抗するもので、巨大な中国に対抗する市民の抵抗運動である。
中国寄りとみなされた「青色」店はボイコットの対象となる。スターバックス、吉野家、優品360、キャセイパシフィック航空、MTRも「青色」認定されている。「青色企業は香港を裏切った。資本主義の社会を変えるのはお金の力だ」と話す。
一方、デモ支持派の店舗は「黄色店」として認定され、黄色店から物品を購入するなど同じ志を持つ黄色経済圏を築こうとしている。
黄色経済圏は一部では、中国共産党の政治志向のビジネスモデルへの返答である。 1997年の返還以来、これまで中国共産党はさまざまな国有企業やビジネス界の大物を買収してメディアを買収して情報をコントロールしたり、また、言うことの聞かないメディアに対しては、たとえば民主化促進新聞「Apple Daily(蘋果日報)」に広告を出さないなどボイコットしてきた。
レノン・ウォール
オリジナルのレノン・ウォールは、香港中央政府施設の階段前に作られた。6月から7月の間に、レノン・ウォールは、自由と民主主義のためのメッセージが書かれたポスト・イットで埋め尽くされた。
その後、市民は抗議に対する注意を引くため、さまざまな抗議ポスターと芸術でレノン・ウォールを作った。香港のクラウドソーシングマップによれば、150以上のレノン・ウォールがあるという。レノン・ウォールは、トロント、バンクーバー、東京、ベルリン、ロンドン、メルボルン、マンチェスター、シドニー、台北、オークランドにも作られた。
また、香港の民主主義運動に対する連帯のメッセージが、プラハにあるオリジナルのレノン・ウォールに追加された。
7月30日、香港の女子学生が、オークランド大学でレノン・ウォールを制作中、民主化支持派と親中派の学生との対立の際に暴行を受けた
人の鎖
8月23日の夕方、運動における5大要求の注目を引くため推定13万5000の人々が「香港の道」のイベントに参加した。人々は手をつなぎ、香港ハーバーの両サイドからライオンロックの頂上に伸びる長さ50キロメートルの「人の鎖」を作った。
このイベントは、1989年8月23日、30年前にソビエト連邦の統治下にあったバルト三国で発生し、200万人の人が参加し675キロの「人の鎖」を作った独立デモ運動「バルトの道」に触発されたものである。
「香港の道」のイベントは、LIHKG掲示板とTelegramのチャットグループで企画、構成された。
イベントの参加者の一人は、この抗議は過去のほかの抗議デモとはかなり異なるものであると話した。「今回は怒りや憎しみを発散するのではなく、調和と愛を示ししている。精神は同じです」
「香港の道」のあと、9月上旬には中学校の生徒が学校の周りで「人の鎖」を作った。
夜の民主主義唱歌
デモ参加者たちは、夜にアパートの窓から香港抗議デモのスローガンを叫ぶ習慣「夜の民主主義唱歌」をはじめた。
「夜の民主主義唱歌」は、8月19日から始まり住民は毎晩10時に窓からスローガンを叫ぶようになった。そのため、抗議活動や社会的闘争が終わるまで、隣人や近くの住民は勇気づけられた。
民主主義の声や警察や政府に対する不満は、大学の寮の外や香港近隣の街全体から聞こえてくる。抗議者たちがが叫ぶ一般的なフレーズは「五大訴求缺一不可」「光復香港 時代革命」「香港加油」などである。
テクノロジー
インターネット活動
デモ参加者たちは、情報やアイデアの交換ツールとして、インターネットを積極的に利用している。ネチズンは人気オンラインフォーラムLIHKGを使って、抗議デモを促し、また、ブレインストーミングでアイデアを出し合い、どのアイデアを抗議デモで採用するか投票を行った。
こうしたアイデアの中にはMTRの混乱、徹夜祭、ピクニック(監視を回避するために使用される用語)の企画、香港の高齢者に逃亡犯条例改正案の原理をわかりやすく理解させるためのミームの作成などが含まれている。
デモ参加者たちは、エンド・ツー・エンドの暗号化されたメッセージサービス・アプリTelegramを利用して個人情報を隠し、中国政府や香港警察の追跡を防止しようとしている。6月12日、アプリのサーバーはDOS攻撃を受けていた。アプリの開発者のパベル・デュロフは攻撃元を中国と特定し、「香港の抗議デモに間に合った」と述べた。
8月11日以降、デモ参加者の一人の右目がビーンバッグ弾を受けて負傷すると、ネチズンは#Eye4HKキャンペーンをはじめ、世界中の人たちに右目を覆っている自撮り写真をSNSで共有して抗議デモ運動の支援を求めた。
デモ参加者たちは、警察と反政府抗議者の現在位置をクラウド経由で共有する「HKmap.live」という名前のモバイルアプリを開発した。アップルは当初アプリを削除したあと、一時的に利用可能にしたが、その後、中国からの圧力を受けてアプリは削除された。
晒し
2019年12月20日現在、香港政府の法定機関である個人データ保護委員会(PCPD)事務所は、抗議デモに関する4359件の「晒し」行為を発見したと報告している。
警察官またはその家族が関与する「晒し」事件は、報告されたすべての事件の36%だった。他に晒された人物としては、政府賛成派、デモ参加者、反政府市民などが含まれていた。これらの「晒し」行為の事件の、16のオンラインプラットフォームやフォーラムから発生した。
警察は、ハクティビスト集団「アノニマス」が運営するウェブサイトを発見しており、このサイトでは600人以上の警官の個人データが公開されていた。7月上旬、警察は「晒し」行為の容疑に関連して8人を逮捕した。
ニューヨーク・タイムズは、「Dadfindboy」という名前のTelegramチャンネルが警察官の晒しに使われていると伝えている。警察官の家族の個人情報と写真が軽蔑的な言葉とともに晒されていた。現在も公開されている。
ロシアに拠点を置く匿名のウェブサイトのHK Leaksは、抗議デモを支持していると見られる200人をさらした。このウェブサイトに晒された蘋果日報のレポーターは、何百もの脅迫的な電話を受けたという。
AirDrop
香港のデモ参加者は、6月と7月にApple端末のAirDrop機能を使用して、MTR車内のような公共空間で反逃亡犯条例改正案を宣伝を行った。受信者は逃亡犯条例案に関する問題を読むことで、香港市民の危機意識を高めた。
7月7日に尖沙咀で行われた抗議デモで、デモ参加者らは再びAirDropを使って、デモに関する情報や逃亡犯条例案に関する問題を中国本土から旅行に来ている観光客と共有した。アリペイやWeChat Payからの「フリーマネー」のように見えたQRコードが共有されたが、実際に開くと現在進行中の民主主義運動に関する情報(簡体字中国語で書かれた)が表示された。
AirDropの利便性は個々の端末を直接、Bluetooth経由で接続してデータを送受信できるため、インターネットと異なり中国本土の検閲を回避できることだった。
クラウドファンディング
主要な国際新聞に広告を掲載するための資金を集めるためクラウドファンデングキャンペーンを開始し、また、香港住民は被拘禁者や負傷者それぞれの訴訟費用や医療費を支援するための資金のクラウンドファンディングキャンペーンも行った。たとえば、「612人道支援基金」では、1か月で1,200万香港ドル以上を集めた。また、民主主義女神像「レディ・リバティー・香港」の制作資金は6時間で20万香港ドルを集めた。
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■参考文献
・https://en.wikipedia.org/wiki/Tactics_and_methods_surrounding_the_2019%E2%80%9320_Hong_Kong_protests、2020年1月21日アクセス
・https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-50010740、2020年1月21日アクセス