SARSの非自然的起源と人が人を制する新型遺伝子兵器
公に中国の生物兵器開発を肯定化した本
概要
『SARSの非自然的起源と人が人を制する新型遺伝子兵器(The Unnatural Origin of SARS and Genetic Weapons Based on Man-Made Infectious Viruses)』は、2015年人民解放軍医学科学出版社から出版された書籍。重症急性呼吸器症候群(SARS)ウイルスの武器化を主題とした報告書。
共同著者は全部で18人だが、地元大学の公衆衛生や伝染病の専門家は3人で、残りの15人は全員軍の学者となっている。主任編集者は2人で、1人は陝西省西安空軍軍医大学の軍事伝染病学科の教授の除徳忠。除徳忠は第四軍医大学感染病研究室の教授で主任。もう1人は中国防疫機関の李鵬副主任で、人民解放軍健康医学部防疫局の副局長である。
「第1次世界大戦が化学戦、第2次対戦が核戦争なら、第3次世界大戦は明らかに生物戦争、第3次大戦で勝利を収める核心武器は生物武器になる」という元米空軍大佐のマイケル・エインスコー氏の言葉を引用しつつ、著者らはこれに基づいて第3次世界大戦は生物戦で勝利を収める核心武器は生物兵器だと予測する。
そして「人工的な介入によってウイルスをヒトに感染させる方法」について詳しく書かれている。また、ヒトに感染しない「H5N1型鳥インフルエンザウイルス」と2009年の世界的なインフルエンザ大流行を起こした「H1N1型インフルエンザウイルス」を混合して変異を起こさせてフェレット間で空気感染を可能にした新種ウイルスをテーマにした2012年に発表された2つの論文についても言及している。
秘密文書ではなく解放軍による公の出版であることで現在注目されているが、この本が公に出版されている理由として、いくつかの重要な背景を押さえておく必要がある。
1つはかつて中共が声高に宣伝していた有名な「SARS米国陰謀論」の存在である。2003年に中国で流行を引き起こしたSARSウイルスの流行が収まった後の10月、「SARSは米国が中国人を標的に意図的に散布した人工生物兵器だ」という仮説が浮上した。中国人の感染率は92%と高く他の国や民族グループの感染率は非常に低いからというのがその理論的根拠だった。
人民解放軍の一部は、この米国陰謀論の流れに乗じて「米帝は我々を殺そうとしている」ことの根拠にして大いに宣伝したのが、この本の出版目的の1つだった。
次に、中国が生物兵器を開発する根拠を示す意図がある。SARSウイルスは中国人に対して敵対勢力によって開発された遺伝子兵器であると主張し、遺伝子兵器から防御するには、我々自身も生物兵器を開発する必要があるというものだ。
防御と攻撃は表裏一体で、「外国勢力」が中国人に対して生物兵器を開発したかもしれないという口実を利用して、中共の生物兵器開発の正当性を証明する論調になっている。互いに核兵器を持つ国は戦争しない核抑止論に近い理由だろう。
そして、現代の生物兵器は中共のオリジナル兵器でもあり、独創的な理論、独創的な戦法、独創的な技術を持ち、この点において、欧米は中共に大きく遅れることになるだろうと強調している。
なお、SARS米国陰謀論を完全に破綻させたのは出版から2年後に2017年に雲南省のコウモリ洞窟の中のキクガシラコウモリからSARSウイルスの全ゲノムのウイルス株を抽出した石正麗だった。
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