横尾忠則対話集/岩渕亮順編「仏教医学と食事」

仏教医学の研究をされている岩渕亮順氏によれば、釈迦は優れた医者であり、外科手術の経験まであったという。経典に医学のことまでが書かれていることを知って驚いた横尾は岩渕氏に会うことになった。子供のころからあまり丈夫でなかった横尾は、日ごろから心身の養生に気を使っている。動脈血栓を患って以来、横尾は一切ケミカルの薬を飲まない。そして横尾が期待したのは、釈迦がいかなる医学によって病める衆生の肉体と心を救ったかだった。(『今、生きる秘訣 横尾忠則対話集』光文社文庫より)

釈迦が悟る直前に乳粥を供養し命を救ったという娘スジャータ。
釈迦が悟る直前に乳粥を供養し命を救ったという娘スジャータ。

お釈迦様の治療法「食」


横尾:医学に関するいろんな治療法が、仏典に書かれているということを発見なさったということですが、そのあたりを我々の生活の問題の中で、わかりやすくお聞きしたいと思います。

 

岩渕:日常生活で病人が出ますよね、それに対してどういう治療をしたらいいか、どういう薬を使って、どうしたらよいかということが、こと細かく出てくるわけです。なぜお釈迦様に、そんな知識があったんだろうということになると、これはごく基本的なことになるんですが、古代インド医学「アーユルヴェーダー」を基にした帝王学のひとつとして、王子のころにお釈迦様は医学をちゃんと勉強しているわけですよ。

 

横尾:なるほど。

 

岩渕:これは文献的にも、はっきりしていることですね。ですから、かなり医学的知識が豊富ですね。そこへもってきて、出家成道されてから後に、弟子の中にかなり専門家のいたことも事実です。で、そういった人々の知識を借りながら、一つ一つ固めていったのが仏教医学です。ですから、今でいう医学のちゃんとした公式は持っていないんですけど、やっぱり医学だってことがいえるんです。全部調べると驚くことには、現代のレントゲン科といったようなものを除いて、そのほかは全部ありますから。外科にいたるまでね。

 

横尾:手術の方法も出てますか。

 

岩渕:ええ、どういうものを使ったらいいとか、あるいは、これはいけないというタブーもあるわけです。なかには、頭の切開手術までやってますし。

 

横尾:そうですか。それも経典の中に?

 

岩渕:ええ、この中に。中国、朝鮮を経て日本に入ってきている北伝系の仏典と、南のほうに残されている南伝の仏典と、チベットあたりに残されているパーリー語で書かれたような原典に近いもの。これが同じひとつのテーマについて、まったく同じようなことが述べられているとすれば、まず100パーセントに近い確率性が出てきます。一般の学問のやり方で調べると間違いないということがあるわけです。

 

横尾:中国から伝わっている、東洋医学ではないのですか。現代医学は、ケミカルな部分が非常に重視されているわけですが、そういったものじゃないわけですか。

 

岩渕:なんていうのかな。中国の医学っていうと、俗にいう漢方ですか、あれが独自のものだっていうけれども、そうではなくて、やはりインドからきている知識の下に医学が発達してますから。よく漢方と仏教医学と混同されてしまうのですが、漢方は漢方であって、仏教医学は仏教医学で、あくまで別の・・・・・。

 

横尾:別のものですか。それじゃあ、先ほど言われた治療法は、なんていうのかおまじないっていうか加持祈祷によって、治療するっていうこともあるのですか。

 

岩渕:いいえ、おまじないではなく、薬用植物などを用いてます。たとえば、大根なら大根をどういう病気に使うか、これをまたどういうふうにやったらいいのかという具体的な用法ですね。

 

●インド医学「アーユルヴェーダ」

インド医学はアーユルヴェーダとよばれています。 紀元前二千年ころから数百年をかけて成立したといわれる長い歴史を持つ医学です。アーユルヴェーダとはサンスクリット語で「長生きの知恵」という意味で、病気の治療以外に食事法や養生法に重点を置いています。

 

インド医学の最も根本重要な思想は「トリ・ドーシャ」とよばれる人間の目には見えないはたらきが生命の維持に重要な作用をあたえるというものです。これは漢方医学の「気」と同じようなものだと考えるとよいと思います。

 

また、動植物や鉱物をもとに薬物を生成し、治療を行うこともインド医学が確立したものであるといわれています。 さらに大麻を麻酔に用いて外科手術を行っていた名医・耆婆は釈迦の高弟であったと伝えられています。

 

ちなみに古代インドの外科手術は記録が残っているものでは世界最古といわれ、現在の外科手術の起源はインドにあるとされています。 耆婆は釈迦の高弟でありました。(出典:松崎智彦診療所

ヒンディー語でトゥルシー(tulsi)、英語でホーリーバジル(holy basil)、有名なアーユルヴェーダの薬草
ヒンディー語でトゥルシー(tulsi)、英語でホーリーバジル(holy basil)、有名なアーユルヴェーダの薬草

食べ物で運勢が変わる


横尾:食べ物によって運勢がどんなふうに転換していくか。これも仏教医学に関係があるのですね?

 

岩渕:ふつう運勢っていうと、手相とか人相ですよね。手相や人相はだいたい自分の意志では変えられないですよね。ところが、食べ物による運勢というのは、自分がそれをわかれば、自分の力で変えることができるわけです。摂取するものによって、運勢を変えちゃうことですからね。摂取する食べ物と、その個人の性格によってね。それとの関係が非常に密接なわけです。選ぶ食べ物によって、性格が形づくられていくと。そうすると、逆にいえば、じゃあそういう悪影響するものは摂らないで、よく影響するものをなるべく摂るようにする。同時にそれが、その人の人生にとって非常にプラスになっていって、運勢そのものが変わっていくわけです。

 

たとえば、非常に大胆で一般的な言い方なっちゃうけど、短気な人ってのは、わりあい塩気の強いものを欲しがるんですよ。塩気の強いものを摂るということは・・・・・・。

 

横尾:ますます短気になる。

 

岩渕:ええ、血液が酸性化しますから、理性で当然抑えられるようなことも抑えきれなくなって爆発します。それを自分で意識していたら、自分は短気な性格なんだから、じゃあ塩気のあるものがいけないな、とだんだんアルカリ性になるように食べ物を摂っていくと、人間の性格が円満になってきますね。

 

逆に、あまり元気のない人とか、意志の弱い人は、自分を奮い立たせるようなのを摂らないと、いつも負け犬でいなきゃならないってことですよね。やる気の出る食べ物は、かつお節、ピーナツ、まぐろ、納豆、大豆、牛肉、鶏肉、チーズなどがありますが、なかでも納豆は、カルシウム、リン酸、ビタミンBなどが含まれていて、非常に栄養価が高く、やる気を起こさせる食品といえますね。

アルカリ性はおもに野菜(ほうれん草、ゴボウ、サツマイモ、ニンジン、里芋、キュウリなど)、果物(メロンなど)、海藻(ひじき、ワカメ、昆布等)、キノコ、大豆製品、梅干し、牛乳など ナトリウム・カルシウム・カリウム・マグネシウムを含む食品。
アルカリ性はおもに野菜(ほうれん草、ゴボウ、サツマイモ、ニンジン、里芋、キュウリなど)、果物(メロンなど)、海藻(ひじき、ワカメ、昆布等)、キノコ、大豆製品、梅干し、牛乳など ナトリウム・カルシウム・カリウム・マグネシウムを含む食品。

一汁一菜お粥は薬


横尾:なるほど。大部分の方が、酸性体質でしょう。それをアルカリ性に変換すればいちばんいいわけですね。お寺の一汁一菜なんかいいでしょうね。僕は去年一年間いろんな禅寺で座禅をしてみたんですけれども、そこの座禅生活のなかで出てくる食事が、だいたい、一汁一菜ですね。雲水の方を見ると、顔色がよくて体格がいいわけなんですね。すごい元気で、街の中を歩いている若者なんかとまったく違うわけです。そういったものも、やはりそういった栄養とも関係があるし、それから心の問題が非常に左右してくると思うんです。

 

岩渕:それは、もちろん栄養とも関係があるし、それから心の問題が非常に左右してくると思うんです。

 

横尾:心の問題と食べ物の問題と、そのバランスですね。結局、どっちに偏ってもだめっていうことですか。

 

岩渕:ええ、胃液っていうか、消化に関係してますから。腹立てながら食べてると、やはり悪影響しますよね。そういうこともあるけれども、ひとつは粥食するでしょう。禅寺ではね。粥が非常にいいんですよ。粥そのものが薬だと言っているくらいですから。

 

横尾:しかし、あのぐらいの量で、大丈夫かなあ、なんていう気がしますけどね。

 

岩渕:ああ、量的に。

 

横尾:ええ、カロリー量を調べてみますと、ほとんど、もうないに等しいらしいですね。普通人間があのぐらいの物を食べていると、必ず病気になってしまうらしいですけども。

 

岩渕:あれはね、量じゃなくてやっぱり中身じゃないですか。ですから糖尿病なんか絶対にかからないですねあれだけの量を100パーセント吸収していますから。だから、そんなに摂らなくてももつんじゃないですかね。

 

横尾:我々の毎日の食生活では、何をどんなふうに摂っていればいいですか。

 

岩渕:やはり、野菜ですよね。私から言わせたら、日本人の場合、野菜中心としてれば間違いないですね。

 

横尾:それから、ご飯の量は少ないほうがいいわけですか。

 

岩渕:量は少ないほうがいいですね。極端に少ないいんじゃなくて、普通より少ない量のほうがいいですね。

 

横尾:魚はいいですか、小魚は?

 

岩渕:ええ、小魚をですね。できればやはり海より川の魚を摂ったほうがいいですね。これは日本人の体質にいちばん合ってますよ。それで、もっと根本的なことを言うとね、大宇宙ってものが、その民族なり、その人間が生きられるだけのものを必ず周りに用意してあるらしいですよね。その周りの用意してあるもの使わないで、うんと遠くのものをとってきたり、自然に反することをやっているから、体も壊すし、公害も起きるわけですね。これは私の持論としてそういうふうに言っているわけですけどね。

 

横尾:日本人は日本に生まれたわけだから、日本のものを食べるのがいちばんいいわけですね。

 

岩渕:そうですね。

 

横尾:郷に入れば、郷にしたがえばいいわけですね。

 

岩渕:そういうことですね。だから、日本から、わざわざ遠くまで運ばせてやっても、決してよくないですよ。現に、外国へ単身赴任なんかしている人たちも、日本食を食べるよりも、その土地で作られたものを摂っていたほうが、健康にいいことがデータとして出ていますよね。

 

横尾:ああ、そうですか。

 

岩渕:やはり、自然の摂理というか、大自然の力というのは偉大なもんだなと思うんです。ですから、禅寺で食べているお粥にしろ惣菜にしろ、国産品でしょう、全部(笑)。お粥なんかも本来は、草の葉っぱでね、それで、こうできあがったお粥の上をきゅうっと持ち上げますわね。その跡が残らないほどの柔らかさが、いちばん健康にいいっていうことを釈迦が決めているわけですよ、仏教医学で。草の葉っぱで取って、跡が残るようなのは硬すぎるわけです。それが、インドから中国へ渡って、そのことが今度は、草書の始まりになったんですね。文字の草書書体の。

 

横尾:へーえ、そうですか、お粥からきたわけですか。お粥は、我々は病気のときしか食べないですけれども、じゃあ毎日食べるのはいいんでしょうね。

 

岩渕:一般的にはいいでしょう。

 

横尾:お粥がどうしていいのですか。

 

岩渕:どうしていいか、そう難しいことになると、私はちょっとわかりませんけれども、いいといわているということが、いちばん近い返事になっちゃうですけど。というより、無条件でお釈迦様の言っていることを信じているわけですよ。

臨済宗大徳寺派 広尾 祥雲寺にて定例の坐禅会の朝粥。
臨済宗大徳寺派 広尾 祥雲寺にて定例の坐禅会の朝粥。